斉藤光政『偽書「東日流外三郡誌」事件』(新人物文庫、新人物往来社、2009年)

ブログに最初に書くものとしては「どうなのか」と感じなくもありませんが、昨日読了した本の感想を書いてみたいと思います。

偽書「東日流外三郡誌」事件 (新人物文庫 さ 1-1)

偽書「東日流外三郡誌」事件 (新人物文庫 さ 1-1)

400頁を超えるなかなか厚めの本ですが、東奥日報社の記者だった著者の文章は軽妙でスラスラ読めてしまいました。

私自身、「東日流外三郡誌」は名前は聞いたことがあっても、読んだことはないものでしたから詳しくは知らなかったのですが、本書を読んでそのあまりの「ぶっ飛び」ぶりに驚いた次第です。

事件当時、私は幼い子供だったのでよく分かりませんが、日本全国を巻き込んだ大事件だったということが本書でよく分かりました。

しかし、なぜこんな事件が起こったのでしょうか。本書を読んでいて印象に残ったのが、偽史研究家の原田実が著者に語った言葉です。

 『外三郡誌』は、津軽には古代から中央政府に対抗する一大勢力があった、われわれは敗者ではなかったのだ――と説きました。だからこそ、屈折しがちな東北人の心に快く響いたのではないでしょうか。ある意味で、東北人の心の底に潜むコンプレックスを悪用したのです。そして、『外三郡誌』の作者である和田さんは、東北人の歴史的地位を高めようとするあまり、逆に、東北独自の歴史と文化を偽史によって抹殺してしまったといえるのではないでしょうか。
 東北には、三内丸山遺跡に連なる立派な歴史と文化があるというのに……。『外三郡誌』はそれに泥をかけたのです。悲劇としか言いようがありませんね。歴史的文書の偽作が事実上、野放しにされているような時代は、現代をおいてほかにありません。それは、 言論の自由の成果というよりは、社会が歴史そのものを軽視している結果なのではないでしょうか
―斉藤光政『偽書東日流外三郡誌」事件』(新人物文庫、新人物往来社、2009年)413頁

「東北人の心の底に潜むコンプレックス」という言葉が東北人である私の胸に刺さります。本書には「東日流外三郡誌」に振り回された人々の姿が描かれています。いずれも「自らの故郷をおこしたい」という人々の気持ちを、巧みに「東日流外三郡誌」が利用した結果、このような事件になったのでしょう。

今まで詳しく知らなかった「東日流外三郡誌」事件を勉強できたいい本でした。